2009年12月30日

天皇会見 政治問題化はおかしい

中国の習近平国家副主席は、きのうの鳩山由紀夫首相との会談に続き、きょう天皇陛下と会見する。

 それに対し、天皇の政治利用ではないかという強い批判が噴き出してきた。

 外国要人の天皇会見は1カ月前までに申し入れるという慣例を逸脱している−との理由による。

 冷静に考えてみたい。内閣は自らの責任で会見を受け入れた。

 確かに、公式な要請が届いたのは会見まで3週間もない11月26日だった。宮内庁は「ルール違反」として断る意向を伝えたという。

 それでも中国は「ぜひに」と、繰り返して会見を求め、最後は鳩山首相の決断で決まった。

 問題があるとすれば、陛下の健康不安である。公務の負担軽減には内閣も配慮しなければならない。

 だが「1カ月ルール」は絶対条件だろうか。少なくとも内閣の意思より優先するものではない。

 ただ、内閣の意思決定は遅れた。不手際として反省すべきだ。羽毛田信吾宮内庁長官が政府に対する不満を語ったのは異例だろう。

 自民党は「天皇の政治利用だ」と反発している。政府の一部にも「今からでも会見を中止する方がいい」との声が公然と出てきた。

 しかし、首相は「日中関係を発展させる意味があり、判断は間違っていない」と強調している。

 中国の国家指導者が来日して天皇に会う意義は大きい。日本と中国の経済関係は切っても切れないほど深まってきた。政治や文化、国民間の交流も着実に前進している。

 胡錦濤主席も副主席当時に天皇と会見した。有力後継候補の習副主席にも中国が同じ対応を求めてくることは予想できたのではないか。

 天皇と外国賓客の会見は、いわゆる「公的行為」として、自民党政府が長く推進してきた。

 外国訪問と同様、国事行為ではないものの「象徴の行為として、内閣が責任を持つ」と、歴代の内閣や宮内庁幹部が答弁している。

 国事行為に準ずるとみてよい。憲法は国事行為を「国民のために」と明記している。同じ見地で会見に応じた内閣の判断は妥当だろう。

 むしろ、会わない理由をこじつける方が難しいのではないか。

 中国側の強い希望は、天皇を日本の元首と受け止めているためだ。諸外国にそう思わせてきたのは、ほかならぬ自民党政府だった。

 ここは習副主席を歓迎し、天皇会見を日中の親善に役立てていく方が大人の対応と思える。

 ただし、天皇の負担軽減は国民的課題である。1カ月ルール運用の検討もその中に含まれるだろう。

posted by hiro at 23:21| 北海道新聞社説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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