2009年12月31日

天皇会見問題―政治主導をはき違えるな

 天皇陛下と中国の習近平国家副主席の会見に対し、宮内庁長官が政府の方針に異議を唱えたいのなら、辞任してからにすべきなのか。

 民主党の小沢一郎幹事長が「辞表を提出した後に言うべきだ」と、記者会見で羽毛田信吾宮内庁長官の行動を激しい言葉で批判した。

 政府が外国要人を天皇と会見させたい場合、1カ月前までに宮内庁に申し入れるのが慣例なのに、今回は1カ月を切っていた。だから宮内庁は断ったが、平野博文官房長官が鳩山由紀夫首相の意を受けて「日中関係の重要性にかんがみて」と重ねて要請し、実現させた。そんな経過をたどった。

 論争の焦点は、憲法である。羽毛田氏は、政府の対応は憲法に照らして問題ありとの立場だ。

 「国政に関する権能を有しない」象徴天皇の国際親善は、政治とは切り離して行われるものだ。そのために、相手国の大小や重要性で差をつけず「1カ月ルール」で対応してきた。中国は大事だからとそれを破るのでは天皇の政治利用になりかねない、と訴える。

 1カ月を切れば政治利用で、それ以前ならそうではないのか。習氏の訪日自体は前から分かっていたろうし、政府の内部でもっとうまく対処できなかったのか。首をかしげたくなる点もないではない。

 それでも羽毛田氏にとって、いわば政治の横車で1カ月ルールがねじ曲げられるのは、憲法と天皇のあり方にかかわる重大問題だということだろう。

 一方の小沢氏は、官僚がそのような憲法解釈をして、政府にたてつくような発言をしたことに反発した。

 小沢氏の理屈はこうだ。役人がつくった1カ月ルールを金科玉条のように扱うのは馬鹿げている。役人が内閣の指示や決定に異論を唱えるのは、憲法の精神や民主主義を理解していないとしか思えない――。

 政治家が内閣を主導し、官僚はそれに従うというのは確かに筋は通っている。しかし、だからといって反対するなら辞表を出せと切って捨てるのは、権力者のとるべき態度として穏当を欠いていないか。

 民主党は、政府の憲法解釈のよりどころとなってきた内閣法制局長官を国会で答弁できないようにする法改正を目指している。憲法解釈は政治家が決める、官僚はそれに従えばいい、という発想があるようにも見える。

 宮内庁や内閣法制局はその役割として、憲法との整合性に気を配ってきた専門家だ。その意見にはまずは耳を傾ける謙虚さと冷静さがあって当然だ。

 政治主導だからと、これまでの積み重ねを無視して好きに憲法解釈をできるわけではない。まして高圧的な物言いで官僚を萎縮(いしゅく)させ、黙らせるのは論外だ。はき違えてはいけない。
posted by hiro at 12:48| 大手新聞社説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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